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Article: 「剣つまみ」という呼び名はいつ生まれたのか

『摘み細工指南』36頁「第九章 摘みの各部名称と切り方図解」。角つまみ(現在いう剣つまみ)を三方向から描き、各部に一から七の番号を振った図(明治42年・国立国会図書館蔵)
つまみ細工

「剣つまみ」という呼び名はいつ生まれたのか

つまみ細工を習うと、まず二つの折り方を教わります。丸つまみと剣つまみです。

丸くふっくらと折るのが丸つまみ、細く尖らせて折るのが剣つまみ。この二つを組み合わせて、あらゆる花が生まれます。おはりばこの教室でも、最初にお伝えするのはこの二つです。

ところが、明治から大正にかけて出版されたつまみ細工の教本を読むと、「剣つまみ」という言葉が一度も出てきません。

当時の呼び名は「角つまみ」だった

明治42年(1909年)の山田興松『摘み細工指南』は、折り方を七種類に整理しています。角つまみ、二重角つまみ、線入りつまみ、二重線入りつまみ、丸つまみ、二重丸つまみ、返しつまみ。

大正3年(1914年)の吉岡房次郎『女子技芸摘み細工全書』も同様です。単角つまみ、入子角つまみ、三重角つまみ、単丸つまみ、入子丸つまみ、三重丸つまみ、単返し角つまみ、単返し丸つまみ、綿入丸つまみ。

いま私たちが「剣つまみ」と呼んでいる折り方は、両方の本で「角つまみ」と呼ばれています。「剣」という字は、どちらの本にも出てきません。

いつ、どこで呼び名が入れ替わったのか。これはまだ突き止められていません。昭和以降の教本を順に確かめていけば分かるはずで、これから調べていきたいところのひとつです。

ただ、確かなことがひとつあります。技法そのものは変わっていないのに、呼び名は動く。「昔からこう呼ばれてきた」という説明は、意外と当てにならないということです。

二つを分けているのは、折る回数だけ

もうひとつ、大正3年の本が言い切っていることがあります。

丸つまみと角つまみの違いは何か。この本の十六ページに、こう書かれています。丸つまみは布を一度折るのと、角つまみは布を二度折るとの違いがある、と。

それだけです。十一ページでも、単丸つまみは前の角つまみと折り方は同じだ、と念を押しています。

図解を見ると、丸と角はまったく別の技法のように分かれて見えます。実際、私たちも最初はそう読みました。ところが本文にあたると、著者はもっとそっけない。折る回数が違うだけだ、と書いている。分かれて見えるのは最終段階の一手であって、体系が二つに割れているわけではありません。

これは、教えるうえで大事なところだと思っています。丸と角を別々の技として覚えると、途中で混乱します。同じ折りの、どこで一手違えるか。そう捉えたほうが、手が早く覚えます。

消えてしまった折り方がある

明治42年の本には「線入りつまみ」という項目が立っています。第三編の第十章がまるごとこれに充てられていて、独立した技法として扱われています。

ところが、5年後の大正3年の本には、この語が出てきません。かわりに三重角つまみ、三重丸つまみといった重ねの技法が増えています。

なぜ消えたのか。別の名前で吸収されたのか、廃れたのか。今のところ分かりません。分からないまま書いておきます。

技法の体系は、5年でも動きます。つまみ細工は「江戸から変わらず受け継がれてきた」と語られがちですが、少なくとも明治末から大正にかけては、名前も分類もはっきり揺れていました。

五厘という基準

大正3年の本を読んでいて感心したのは、数字の細かさです。

入子の段差も、三重の重なりも、尖端から挟む位置も、すべて五厘で決まっています。曲尺の五厘はおよそ1.5ミリ。この本は第一編で、五厘目の入った物差しを用意せよと指定しており、本文の数字と対応しています。

布を切る位置も一貫していて、原則は三分の二。返しつまみについては、陶器か硝子板のような滑らかなものの上で乾かしてから、ピンセットを挿し込んで裏を表に返せ、と道具の材質まで指定があります。この指定は明治42年の本にはありません。

百年前の教本が、いまの私たちが手で覚えていることを、数字で書き残している。読んでいて何度も手が止まりました。

名前は変わっても、手は変わらない

呼び名は変わりました。分類も揺れました。それでも、布を折り、糊で留め、寄せて花にするという手の動きは、驚くほど変わっていません。

おはりばこの教室でお伝えしているのも、この本に書かれているのと同じ手順です。名前が「角」から「剣」に変わっても、指先がすることは同じです。

実際に手を動かしてみたい方は、教室でお待ちしています。京都の教室についてオンライン講座について

道具と絹地はこちらでご用意しています。つまみ細工の材料と道具

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出典

山田興松『摘み細工指南』博文館、明治42年(1909年)12月。国立国会図書館デジタルコレクション PID 848808(パブリックドメイン)。

吉岡房次郎『女子技芸摘み細工全書』大倉書店、大正3年(1914年)2月。国立国会図書館デジタルコレクション PID 1185204。

現代語訳は京都 おはりばこによります。

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