Article: 1904年、つまみ細工は「造花の一種」と書かれていた|同じ著者の5年前の本から
1904年、つまみ細工は「造花の一種」と書かれていた|同じ著者の5年前の本から
これまでこの連載では、明治42年(1909年)の教本『摘み細工指南』と、明治41年(1908年)の博覧会審査報告を読んできました。今回は新しい史料です。
『摘み細工指南』の5年前、同じ著者・山田興松が書いた『実用造花術指南』(明治37年/1904年)。造花の本ですが、その総論に、つまみ細工への言及がありました。この著者によるつまみ細工への言及として、現時点で最も早い記録です。
連載のこれまで:つまみ細工は日本固有の手芸なのか/なぜつまみ細工は広まらなかったのか/1908年、博覧会に出たつまみ細工は薬玉だった/1909年、「外国の客は一枚ずつ折っていることを知らない」/明治の看板商品は「薬玉」だった
史料について
山田興松『実用造花術指南』博文館、明治37年(1904年)4月刊、全64コマ。国立国会図書館デジタルコレクションで、PID 848720(DOI: 10.11501/848720)として全頁が公開されています。国立国会図書館の権利表示はPDM(パブリックドメインマーク)です。
『摘み細工指南』(明治42年)と同じ著者、同じ版元。奥付によれば定価は25銭でした。
この記事のために、私たちは原本画像から全64コマの翻刻を新たに作成しました。以下の引用は、その翻刻からのものです。
「古来より摘細工なるものありて(造花の一種)」
総論の四頁、造花の材料と各国の作り方を述べたくだりに、この一文があります。
等しく造花なり然れ共其材料紙あり綿布あり絹布あり縮緬あり獨り我國に止らず歐米各國到る處に流行す勿論國に依り其作方を異にす盖し本國には古來より摘細工なるものありて(造花の一種)鳥魚の形体を造り紙を以て花となす等其材料亦差別あり特に現今斯術の進步するや其技術優に歐米各國の上に出で年々の輸出極めて莫大なるものなり

現代の言葉にすると、こうなります。「同じく造花ではあるが、その材料には紙があり、綿布があり、絹布があり、縮緬がある。わが国だけにとどまらず、欧米各国いたるところで流行している。もちろん国によって作り方は異なる。思うにわが国には、古くから摘細工というものがあって(造花の一種である)、鳥や魚の形を作り、紙で花を作るなど、その材料もまた区別がある。とりわけ現在この技術が進歩して、その技は優に欧米各国の上に出て、年々の輸出はきわめて莫大なものである」。
ここから読み取れることが3つあります。
一、「古来より」
1904年の時点で、この著者は摘細工を「古來より」あるものとしています。5年後の『摘み細工指南』にある有名な一節「摘み細工は日本固有の手藝なり」より、5年早い言及です。
ただし「古来より」がいつを指すのかは、書かれていません。年代も、始まりの経緯もありません。この一節から「つまみ細工は◯◯時代に始まった」とは読めません。私たちも、史料にない年代を補うことはしません。
二、「造花の一種」
ここが興味深いところです。1904年のこの本では、摘細工は「造花の一種」と括弧書きされています。
ところが5年後の『摘み細工指南』では、著者は造花とつまみ細工を書き分けます。刺繍・編物・造花はもとをたどれば外国から伝わったもので、造花だけは日本に古くからあったがきわめて幼稚な技法だった。そしてつまみ細工は日本固有である――と。
矛盾しているとまでは言えません。「つまみ細工は日本固有であり、かつ造花の一種でもある」は両立します。ただ、同じ著者の中で、この工芸の位置づけの示し方が動いていることは事実です。私たちは、どちらが本当かを決めません。両方の原文を並べてお伝えします。
三、鳥と魚
「鳥魚の形体を造り」――1904年の時点で、著者は摘細工を鳥や魚を作る技として挙げています。
これは5年後の記述とまっすぐつながります。『摘み細工指南』で著者は、花を作ることも大切だが「鳥類を作ることを心がけて研究するのが肝要」と書き、「鳥や魚などにいたっては、ほとんど何物であるか見分けることができないようになる」と、摘みの使い分けの難しさを繰り返し説いていました。この人がつまみ細工を鳥魚の技として見る目線は、1904年からすでにあったということになります。
ひとつ、混同を避けるために
同じ段落の末尾にある「年々の輸出極めて莫大なるものなり」は、造花全般についての記述であって、つまみ細工の輸出ではありません。
5年後の『摘み細工指南』で、著者はつまみ細工の輸出についてこう書いています。外国人はこれを一枚ずつ折って作っていると知らず、絞り染めの布を貼ったものだと思っている。理解され、値段も安くできれば、もっと売れる見込みがある――と。造花の輸出は大きく、つまみ細工は小さかった。この2つは矛盾しません。
おまけ:この本が「偽造」と呼んだもの
せっかくなので、同じ総論からもう一節。つまみ細工の話ではありませんが、この著者の姿勢がもっともはっきり出ている箇所です。
否らずんば櫻の如き繖形花も梗を短かくなし或は百合の如き互生葉を對生葉となす如きは如何に製作上の技術巧妙なるとも製品其者は櫻たらず百合たらず一種の變體物となるに非ずや云ふ迄もなく僞造なり美術にあらざるなり技術と稱するを得ざるなり
「そうでなければ、桜のような繖形花でも花柄を短くしたり、百合のような互生葉を対生葉にしたりすることになる。そうなれば、どれほど製作の技術が巧みであっても、製品そのものは桜でもなければ百合でもなく、一種の変体物になってしまうではないか。言うまでもなく偽造である。美術ではない。技術と称することもできない。」
その直前で著者は、造花を学ぶには花や葉を細かく知る必要があると述べ、完全花と不完全花、整斉花と不整斉花、葉の互生・対生・散生・輪生・叢生、有限花序と無限花序といった分類を並べたうえで、「少なくとも植物学の初歩には通暁する必要がある」と書いています。
この本には附録として、梅・南天・椿・桜・たんぽぽ・すみれ・菖蒲・牡丹・朝顔・菊の型紙図が付いています。そしてその型紙には、葉脈の型が書き込まれています。南天は「羽状脈」、椿は「正則網状脈」、桜は「不規則網状脈」、牡丹は「掌状脈」。すみれの花弁には「旗弁」「翼弁」「竜骨弁」と、マメ科の花弁の学術名が振られています。

総論で「植物学を知らなければ偽造だ」と宣言し、教程の最後に「植物学の大意を授ける」と定め、教材の型紙に葉脈の型を書き込む。本一冊が、ひとつの考えで貫かれています。1904年のことです。
史料が語ること、語らないこと
この史料が示しているのは、次の事実です。1904年、山田興松は『実用造花術指南』の総論において、わが国には古くから摘細工というものがあり、それは造花の一種で、鳥や魚の形を作るものだと書いた。
「古来より」がいつを指すのか、この一節は述べていません。また同じ段落の輸出の記述は造花全般についてのものです。5年後の『摘み細工指南』との位置づけの違いについても、どちらが著者の「本当の考え」かを決める材料は、史料の側にありません。私たちは、書かれている範囲でお伝えします。
京都 おはりばこについて
京都 おはりばこは京都・西陣で、正絹とでんぷん糊を用いたつまみ細工のかんざし・和装小物を作り続けています。この連載では、国立国会図書館に残る一次史料を原本から読み直し、日本語と英語で公開しています。
つまみ細工は日本固有の手芸なのか|1909年の教本が書いていること
出典
山田興松『実用造花術指南』博文館、明治37年(1904)4月。総論 三〜四頁。国立国会図書館デジタルコレクション PID 848720(DOI: 10.11501/848720)、コマ9-10。権利表示 PDM(パブリックドメインマーク)。
山田興松『摘み細工指南』博文館、明治42年(1909)12月。国立国会図書館デジタルコレクション PID 848808(DOI: 10.11501/848808)。パブリックドメイン。
引用はいずれも、原本画像から起こした翻刻によります。